長野オリンピック金メダリスト/清水宏保氏しくじり先生に出演

プラネマン

2016年07月24日 09:05

連休最後の日の7月18日に何気に新聞のテレビ欄を見ているとABNで夜7時から放送されたしくじり先生に長野オリンピック金メダリストの清水宏保氏が出演すると知り驚きました。

ウインタースポーツに縁が薄かった長野市で開催された98年の長野オリンピック、どうなるものかと思いましたがスピードスケートの清水宏保氏が金メダルを獲得して一気に盛り上がったと思います。


盛り上がりを先導したのが清水宏保氏でその後雑誌等で鍛えられた太股が紹介され驚かされました。僕はウインタースポーツが好きで時間があれば観戦に行きますが清水宏保氏が出場した大会を観戦したところお嬢様風な綺麗な女性が清水宏保氏にプレゼントしているのを見かけ凄いな!!と思いました。


Fridayされたり選挙に落選したニュースは聞いたことがありましたが最近はどうしているのか気になったので番組が楽しみでした。


先ずは清水宏保氏の紹介がありました。現在42歳、3歳でスピードスケートを始め18歳でワールドカップ初優勝、98年の長野オリンピックでは金メダル、銅メダル獲得、ソルトレイクでは銀メダル獲得、日本スピードスケート界に初の金メダルをもたらしたパイオニア的な選手でした。


今回はスペシャルゲストとして岡崎朋美氏も登場しました。先ずは1年3ヶ月という数字が出ました。清水宏保氏が美人モデルと結婚してからFridayされるまでの時間で清水宏保氏は銀座の高級クラブから出てきたところをFridayされそれが理由で離婚され現在は北海道に家賃5万円のアパートに1人暮らししているそうです。


清水宏保氏は東京に憧れ銀座、六本木、西麻布と誘われれば何処にでも行きスケートだけでなく私生活も滑り倒した…と自虐的に語っていました。


清水宏保氏は幼少期に毎朝4時半に起きて朝練、夜も7時まで練習してその成果があり頭角を現してきました。しかし当時はスケートは超マイナースポーツで全くモテず進学した高校は男子が95%でスケートに打ち込むには最高の環境でした。


17歳で当時の高校記録を破り活躍しましたが全くモテずにいました。しかしスケート界では有名になり多くの大学からスカウトがきました。


そんな中で都会に憧れ日本大学に進学しました。都会的なキャンパスライフに憧れたものの14人部屋の男だらけの寮に入り描いていた思いとは違いました。


そんな環境の中で練習に集中出来て太股は女性のウエスト並みになって行きました。二十歳でリルハンメルオリンピック5位入賞、しかし日大にはメダリストが38名いたので全く注目されませんでした。


モテたい清水宏保氏は40万円の高級腕時計を購入しましたがモテず週間朝日の男の日曜日という特集(96年4月8日号)に連載されましたが注目されずモテない怒りを練習に打ち込み大学4年生だった22歳の時に世界選手権500メートルで世界記録を樹立しました。


しかし1回もモテ期がなく大学を卒業、ポルシェを手に入れたりしましたが外見でなく中身を磨くべきだった…と語っていました。ゲストの岡崎朋美氏は遅いぞ!と激を入れていました。

長野オリンピックでは金メダル候補としてプレッシャーを感じたそうですが見事に金メダルを獲得してから周りが変わったそうです。
空港のVIP通路を使用、テレビ出演や雑誌の取材や女性からの連絡も増え知り合いの知り合いという知らない人から飲みに誘われる等世界が一変したそうです。

東京の生活に染まり始めましたがスケートでも結果を出しトリノまで4大会出場遊びと競技を両立していました。しかし現役引退で遊びのリミッターが壊れ憧れのモデルと結婚しながらも週6ペースで飲み歩いていました。そしてFridayされました。


Fridayされたことにより…
当時朝の情報番組でコメンテーターしていましたが「お前がコメントするな!」とバッシングがあったこと
常に誰かに監視されているような恐怖があったそうです。


そんな頃北海道出身の松山千春氏から鈴木宗男氏から連絡があるよ!という話があり出馬しないか?というオファーがありました。


清水宏保氏は自分は素人だし女性スキャンダルがあったことを話しましたが鈴木宗男氏は全然大丈夫と語り新党大地から出馬することにしました。


清水宏保氏はスポーツ選手のセカンドキャリアの充実等を公約にしました。清水宏保氏は地元北海道なら受け入れてくれると思っていましたが逆風が吹いていました。


高校生にお前は落ちたな…と罵られメダル獲得当初は人がサインや握手を求めて来たのに拒否されノーウェルカム状態で大差で落選しました。


清水宏保氏は負けたまま東京に戻れない!と奮起しました。公約に挙げたスポーツ選手のセカンドキャリアについても政治家でなくてもできることに気がつき治療院をオープンさせました。しかし起動に乗るまで1年程は無収入状態でした。

清水宏保氏はポルシェを処分して家賃5万円のアパートに住み自分から飛び込みの営業を始めましたが当初は選挙活動と誤解され門前払いもされながらも頑張りました。


現在は介護の分野にも事業を広め事業家として活躍しながら世界に通用する選手を育てたいと語っていました。


8月にはリオデジャネイロオリンピックが始まり多くのメダリストが登場すると予想されますが清水宏保氏はメダリストの先輩として私生活のスキャンダルでメダリストの威光が消えてしまうことを警告して上京した人には自分は何をしたくて上京したのか周りに流されず忘れないように頑張って欲しいと語っていました。

スキャンダルで人間的に成長した清水宏保氏、願わくば橋本聖子スケート連盟会長に代わり舵取りをして欲しいのが観戦に行くファンとしての気持ちですが指導者として実業家として更なる活躍に期待しています。

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